理転初学者の化学と物理の参考書

えっと、化学のコーナーは…ここか。

少し遅れて後ろからやってくる、小百合とみずきの会話が聞こえてくる。

「理転したこと、先生や親にちゃんと言えたの?」
「はい。なんとか言えました。相田さんにも相談に乗ってもらって…」

そう。あいつがね…。
と囁く声が聞こえてくる。

「まあ伊達に年を食ってるわけじゃないって事かしらね」
「おい聞こえてるよ。おい小百合さーん」

コイツの軽口には慣れたもんだ…


化学の参考書コーナーらしきところを見つけた。

「みずきちゃんは化学基礎はやってるんだったよね」
「はい!文系で化学基礎選択なのでやってました」
「それなら少しは取っつきやすい科目かもね」
「あ!そう言えば化学はネットで調べて見てみたい参考書があるんでした」

そう言って彼女はスマホを取り出し、なにやらメモ帳を開いているみたいだった。

「えっと、『化学の新研究』?ってやつです」
「ああ、それね。俺もそれは持ってるよ」
「いい参考書なんですか?」
「まあ初学者向きではないけど、みずきちゃんが好きそうな、高校化学の内容を大学レベルの化学で掘り下げて説明するようなコラム欄が結構あるね」
「それ良さげです!」

これこれ。
『化学の新研究』を手に取ってみずきに渡す。

「うわあ…。分厚いですね。それに何やら…あたしが手を出すには詳し過ぎる気がします…」
「まあそう思うよね。コラム欄も見てみたら?」
「はい…。うーん、まだちょっと分かりません…」
「あはは。新研究は基本的に辞書的なポジションとして持っている人も多いから持っていてもいいんじゃないかな。暇な時にコラム欄でも読んだら面白いと思うし」
「はい!」

みずきが『化学の新研究』を買い物カゴの中へ入れた。

さて、初学者用の参考書か…。
化学はイラストがいっぱいあった方が楽しいよな。みずきが言っていたように、『かわいさ』も選び方のポイントになるか…

そう思って一冊の参考書を手に取る。

「これなんかどう?」
「『宇宙一わかりやすい化学』ですか?」
「うん、そう。何よりもイラストがいっぱいあって見るからに楽しいし、説明もやさしいみたいだね。タイトルはアレだけど」
「ふむふむ…。いい感じです!」
「他には…有名なやつにDOシリーズの化学ってやつがあるけど。」
「あ、これですね。『鎌田の理論化学』『福間の無機化学』『鎌田の有機化学』ってやつですか?」
「それそれ。これは俺も使ってたんだ。これは『宇宙一わかりやすい化学』よりも到達点が高い代わりに、少し説明が堅くなって、基本的過ぎることは省かれてるかんじかな」
「確かに少し難しい気がします」
「あとは『照井式暗記カード』とかがあるね。それと面白いほどシリーズ、俗に言う『黄色本』っていうやつがあるね。全部見てみて、分かりやすそうなのを選ぶといいよ。化学はどっちかというと問題を繰り返しといて記憶に残していくタイプの科目だと思うから参考書は読みやすいのを選ぶといいかな。」
「はい!」

そう言って参考書を漁りに漁るみずきだった。

「やっぱり最初に見た『宇宙一わかりやすい化学』が分かりやすそうです」
「そうだね。じゃあそれにしよう」

気に入ったものがあってよかった。

「あと、化学と物理は単元が細かく分かれてるから、参考書で学んだ後、すぐに問題集を解くと記憶に定着しやすいよ」
「じゃあ問題集も買っておいた方がいいですか?」
「そうなるね」
「相田さんは何の問題集やってますか?」
「俺はエクセル化学をやってるよ」
「じゃあそれにします!」
「あはは。まあ他の問題種も見てみてよ。『化学 基礎問題精講』とか『化学の新標準演習』とかがとっつきやすいんじゃないかな」
「…見てみます!」

親鳥に必死についてくるひよこちゃんみたいでなんだか可愛らしかった。

「うーん…よく分かりませんね…。どれも似たり寄ったりな感じで…。やっぱり相田さんと同じ『エクセル化学』にします!」
「『エクセル化学』はあんまり書店には置いてないんだけど、ここには売ってるね。これ。見てみて」
「はい。…なんか問題が多いですね…」
「そうなんだよね。まあ問題数の多さはインプットできる情報量の多さと思って、俺は割り切ってやってるよ」
「じゃあコレで頑張ってみます!」
「よしきた」

ずっと小百合が黙っていると思っていたら、化学基礎の参考書を無言で立ち読みしていた。

黙っていればまあまあ美人なのにな…。

「じゃあ次は物理だね」

ちょうど化学のコーナーの横にあった、物理の参考書コーナーに目をやる。

「俺は物理の参考書は、『漆原晃の面白いほどわかる物理』をやってたんだけど、これは全くの初学者にはちょっと厳しいかな…」
「あ!相田さん!『宇宙一わかりやすい化学』と同じシリーズの『宇宙一わかりやすい物理』がありますよ!」
「お、本当だ。じゃあそれから見てみよっか」
「はい!」

ふむふむ…これも分かりやすいな。
イラストも多くて見やすいし。

「これがいいです!これにします!」
「そう?ほらこっち。『秘伝の物理』なんかいうのももあるよ。」
「見てみます!」
「どうやらこっちは宇宙一わかりやすいより少し難しいようだね。全くの初心者ならやっぱり宇宙一わかりやすいの方がいいかもね」
「そうみたいですね!それにします!」

「物理も問題集を同時並行でやった方がいいんですよね?」
「そうだね。その方がいいかも」
「何をやったらいいですか?」
「俺はつよし先生からもおすすめしてもらった『体系物理』をやってるよ」
「つよし先生のおすすめですか」
「そう。解説はほぼ無いのと同じなんだけど、問題自体が現象や原理を説明してて解くとそれが分かるようになってるよ」
「良さげですね!それにします!」

ふうぅー。
とりあえずこのくらいでいいか。

みずきの参考書を選ぶのに夢中で忘れていたが、俺もこの前の合宿で、今までやってた問題集を終えてしまったのだった。
復習をあらかた終えたら次に移ろう。

参考書に夢中になっていた小百合を呼び戻す。

「あら、もういいの」
「はい!付き合わせてしまってすみませんでした!」
「俺からも…悪かったな」
「みずきのためだもの。別にいいわ」

そして小百合がこちらに睨みを効かせる。

「それとあなた、一旦相談を引き受けたんだから最後まで責任を持って面倒みなさいよ」
「りょ…了解です…」

浮き足立つ俺に、小百合の鋭い一言が釘をさす。

全ての言動には責任が伴うことを忘れてはならなかった。
いつまでも能天気じゃいられない。

少し肩の荷が重くなった気がした。


「じゃあ…帰るか」

俺たちはすっかり混雑してきた街中を、人の流れに逆らいながら塾へと向かっていくのだった。