理転初学者の物理と生物

「相田さん、また相談があります」
「え、また?」
「はい。安心してくださいね。今度はただの勉強の相談です」

よかった、この前のように人生観を語らなければならぬような相談がそう何度もあってはこちらもたまったものじゃない。

俺は今日は疲れているので、復習するくらいで特に何も予定がない今度の日曜日ならば、と快く了承した。

女の子と約束をしたのは一体いつ振りなんだろう。
柄にも似合わずおしゃれなカフェで待ち合わせをすることになるくらいだ。


来たる日曜日の朝、まだ閑散としている街中のシャレオツカフェにやってきた。

みずきはまだ着いていないみたいだ。

俺は場違い感をひしひしと感じながらも億劫な気持ちをなんとか抑え、ブラック・コーヒーを注文し、人目の少なそうな奥側の席に座った。

ここのコーヒーは、一杯300円もするくせに、100円のコンビニのコーヒーとそんなに変わらないな。

自分勝手に店の批評をして時間を潰して、10分も経たない内に、明るい空気を纏った彼女がやってきた。

「相田さーん!すみません!待ちました?」
「いや、今来たところだよ」

塾にやって来るいつもの地味な格好と違い、煌びやかな衣装をしているみずきが、一段と華やかに見えた。

これがギャップ萌えってやつか…。
萌え豚の俺にはたまらないな…。

ブヒブヒ言いながら、みずきとの差し障りない日常会話を終えた後、いよいよ本題に入る。

「ところで、相談ってなんなの?」
「あ、はい!実は勉強に関してなんですが…」
「あたし、理転したので理系科目がほとんど初学なんですよね。そこで、相田さんに勉強法のアドバイスを貰おうと思って…」
「あー、そういうことね。塾の先生には相談したの?」
「はい。でも塾で理転したのはあたしが初めてらしくて、あたし扱いに困られてます…」
「あはは」
「先生が言うには、まずは周りの理系の人に何をどうやってるのかを聞くのが、受験生の視点からはいいかもしれない。ってことでしたので、それなら相田さんに聞いてみようって思って…」
「なるほどね」

俺は現役の時、センター試験6割も取れなかった。
各科目の基礎的な内容は全て独学してきたと言っても過言ではない。
そういう観点からいえば、何かアドバイスができるかもしれないと思った。

「具体的には、何の科目が知りたいの?」
「えっと、まずは数学3、これは全くの初学です。1A2Bすら危ういんですが…。それと化学、化学基礎はやってたんです。あと、生物基礎をやってたのでそのまま生物をやろうと思っています」
「生物かー…」
「え、なんです?」
「いや、あくまでも一般的にはね、受験では生物より物理が有利って言われてるんだよ」
「え?そうなんですか!なんでですか?」
「俺は生物やったことなくてよくわかんないから推測になっちゃうんだけど、たぶん生物には記述力が必要になるんじゃないかなー」
「記述力…ですか?」
「うん。模試の問題とかで生物の問題を見てみるとね、説明せよ。とかの問題があるわけよ。だからたぶん何かを暗記するだけでなくて、暗記したものを繋ぎ合わせて言葉にする言語能力が必要になるんじゃないかな?」
「ほえー。なるほどです」
「まあただの推測だけどね…。生物選択の人に聞いてみたほうがいいかも」
「じゃあ相田さんは物理選択なんですか?」
「うん。物理選択だよ。でも物理は人によって向き不向きがあるかもね。覚えることは少ないけど数学がよほど苦手だったりしたら理解しづらいかも…」
「そうなんですか…」

彼女は一呼吸置いて、決心したように口を開いた。

「相田さんが物理選択ならあたしも物理やりたいです!」
「え、そんなに簡単に決めちゃっていいの?物理は全くの初学だよ?」
「はい。相田さんを信用してますから」

信用してますから。
この言葉がやけに重く俺にのしかかったような気がした。

「参考書とかはきまってるの?」
「いえ、まだです。それも相田さんに聞こうと思ってたんです」
「じゃあ本屋にでも行ってみよっか。実際に見てみるのが一番だからね」
「はい!よろしくお願いします!」

そう言って、俺たちはシャレオツカフェを後にするのだった。