合宿2日目

「……のぼる……のぼる!」
「……ん……ここは……β世界線……?」
「α世界線だよ。まだこの世界線にやり残したことあんだろ。そろそろ起きろよ」

合宿2日目の始まりである。
部屋の外にある共同洗面所で歯磨きをしながら眠い目をこする。

「今日の朝ごはん、よっちゃん先生が作ってくれるんだってよ」
「ほーん。人妻の朝ごはんか…。楽しみだな」
「あなたは成績よりその性癖をどうにかしなさい」

韻を踏んで見事な返歌をしてくれたのは小百合である。

「おはようごじゃいみゃーす」

小百合に続いて、寝ぼけながら可愛らしい挨拶をしてくれたのはみずきである。

「おはよう。みずきちゃん」
「ちょっとあなた、私にはまだ挨拶してないじゃないの」
「小さいこと気にすんなよ。そんなことだから胸が小さいままなんだよ。慎ましい胸なら慎ましい態度でいろよ」

恐らく、寝巻きと思われるそれは体のラインがはっきりとよく分かった。

「……こういうときは何発殴っていいのかしら」
「死ぬまで殴っていいと思うぜ」
「おい、翔太。お前そっち側の人間だったのか」

みずきちゃんは相変わらず目が開いていない。

「あなたは死ぬ間際にならなきゃ何も学ばなそうだものね」
「態度だけはFカップだな」


『バシッ!!』


平手打ちが飛んだ。


「……カップは無くてもスナップは効いてるんだな…」


『バシッ!バシッ!』


今度は二発だ。

彼女は怒っているように見えて、この合宿が始まってからどこか楽しげであった。
その心境は知る由はなく、また知る気もない。


ビンタで痛んだ頬を労わりつつ、よっちゃん先生が作ってくれた朝食のパンケーキを食べた後、勉強をしに全員が会議室に集まった。

「じゃあ2日目頑張っていきましょー!」

合宿2日目の勉強の開幕である。

俺の勉強の進捗状況はというと、3月から続けてきた青チャートがそろそろ終わりそうだ。
明日にでも化学の重要問題集、体系物理も終わるだろう。

英語は昨日のうちに、単語約3000語、アップグレードを一冊を丁度やり終えた。
多少無理をしてでもやり続けてきた甲斐があった。
これを終えてやっと受験のスタートラインに立つことができた、と言っていいだろう。

少し不安なのが、二次にもある国語だ。
早いうちになんとかせねばなるまい。
後で先生に相談しに行くか…。


「はい!じゃあ今日の勉強はここまでにしとこうかー!」

気付けば深夜0時だった。
あと少し解けばちょうどやり終えるのに、というところだった。

「まだ勉強したい人いるー?いるなら会議室開けておくけどー」

俺は手を挙げた。
なんとしてもキリの良いところまで終わらせたい。

周りを見てみると、翔太、小百合、そしてみずきが遠慮がちに手を挙げていた。
またこの4人か…。

「やる気あって良いねー。じゃあ会議室の鍵は相田くんに預けておくからね」

はい。
と、装飾が何も施されていない無骨な鍵を渡された。

「じゃあ頑張ってねー」

先生はそう言い残し、4人以外の全員が部屋を後にした。

さて、いっちょやりますか。

4人とも無言で勉強を続ける。
誰も席を立って休憩を挟もうなどと考えていない。
まるで、先に席を立った人に罰ゲームが待っているかのように、俺たちはひたすら手を動かし続けた。
少し辛くなっても、前の席に座っている小百合とみずきの背中を励みに、目の前の問題に没頭した。

たぶんみんな同じことを考えてたんじゃないかな。この中の誰よりも頑張ってやるぞ、と。

そして今まで生きてきた中の、どの日よりも勉強に熱中した。
カーテンから漏れる朝日にさえ気付かず、俺たちは次の日を迎えた。