合宿1日目

『ヴォーン、キキィーン、ガタッ』

知らない天井だ。
俺は眠りから目を覚ました。

異世界‪​───‬ではないらしい。

眠い目をこすり、記憶を遡る。

そうだ、合宿に来たんだった。

ここはそう、合宿を行う施設へ向かうマイクロバスの中であった。

前日に高揚してあまりよく寝ることができなかった俺は、バスの窓に寄りかかり寝ていたのである。

隣には翔太が英単語帳を手に広げつつ目を閉じて眠っていた。

窓から差し込む太陽の光が翔太を穏やかに照らす。

こいつ、寝顔かわいいな。
少しイタズラでもしてやるか。
どんなイタズラをしてやろう。グヘヘ。

「あなた、何ニヤニヤしているのよ」

後ろから小百合の声が聞こえた。

「お、お前こそなんでこっち見てんだよ」
「何気持ちの悪いこと言ってんのよ」
「気持ち悪くはないだろう。むしろ気持ちいいはずだっ!」
「しっ」

小百合が人差し指を自分の口にやる。
そして隣に目をやった。

みずきがかわいい寝顔でぐっすりしていた。
あどけない、純粋無垢、生まれたままの寝顔で。

「これが平和か…。この寝顔のためなら俺は核兵器すら止めることができよう。この寝顔に対するどんな形容詞もやがて野暮へと化すだろう。神よ、初めてお前に感謝した」
「救いようのない萌え豚らしいわね」

鋭い言葉が小さく響く。

みずきの寝顔という、ラフテルにも無いようなワンピースを手に入れた気分になったので、気持ちよくもう一眠りと洒落込むことにしよう。


「……のぼる………のぼる!」
「………ん……コムギ……?」
「何バカな寝言こと言ってんだよ。起きろよ。着いたぞ」
「……ラフテルに?」
「ロードポーネグリフがまだ足んねえよ」

寝ぼけていた俺はようやく意識を取り戻した。

「まだアラバスタってとこか」
「冗談なのか寝ぼけてんのか分かんねえよ。降りるぞ」

どうやら目的地に到着したようだった。

窓の外にマイクロバスを運転して疲れたのであろう、つよし先生が背伸びをしながら大きなあくびをしていた。

バスを降りると、どこか見たことのある景色が広がった。

俺はここに来たことがあった。高校生の時、入学してすぐの親睦合宿でだ。
友達が少ないタイプの俺はもちろんそのようなイベントごとにいい思い出はない。
3棟ある大きな宿舎の正面に、道路を挟んで海辺が広がっていた。

俺もつよし先生に習って大きく背伸びをした。

実に気持ちがいい。
全裸になって目の前の海を泳ぎたいくらいだった。

そんなことを思いつつ、目を閉じて海風の息吹きを感じていると

「気持ち良さそうですね。」

みずきが話しかけてきた。

彼女は身の丈に余る大きなリュックを背負い、両手にもトートバックを抱えてどこかに登山にでも行くかのようだった。

「リュック大きいね」

苦笑しながらそう言うと

「これはお兄ちゃんに借りたんです」
「そんなにいっぱい何持って来たの?」
「女の子は荷物が多いんです」

と少しムキになって答えた。

そこで俺は

「でも、あれ…。」

と、小百合の方を指差した。

彼女は普通のリュックに、小さい手提げ鞄一つしか持ってなかった。
男子たちより荷物少ないんじゃないか、そう思えるほどだ。

「あの人は特別ですね」

みずきは小百合に聞こえぬように耳元で囁いた。
だが、なぜか俺の方を睨む小百合の視線が痛かった。


「はい!じゃあみんな宿舎に荷物を置いて来てね。30分後に勉強道具を持って会議室に集合ねー」

俺たちは宿舎に向かった。

男5人と女4人に分かれ、隣り合う部屋にそれぞれ入った。
修学旅行みたいで少し楽しい。
手早く荷物を置き、会議室に向かった。

会議室に着くと、一人一つの長机にパイプ椅子がそれぞれ一つずつ置かれていた。

「はい。みんな集まったね。じゃあまずは長机の上に置いてある紙に、今回の合宿での目標を書いてください」

俺は
『持ってきた基礎的な問題集を全て終わらせる』
と書いた。

簡潔で良いじゃないか。
多少無謀だが、全て終わりかけの問題集だ。この合宿で全てやりきってしまおう。

「じゃあそれを合宿が終わるまで持っておいてね」

そう言われてファイルの中にそれを大事にしまった。

「じゃあ10分後から勉強開始しますからね」

1日目の合宿はこうして幕を開けたのだった。