浪人決起会

まだ寒さの残る頃であったか、よっちゃん先生がこう言った。

「相田くん、明日の夜は塾に来てね。浪人生を全員集めて決起会をするから。」

俺は渋々頷いたのだったが、しかし、浪人生の決起会とは何をするのだろうか。
この塾のことである、並一通りに催されるわけではないことは確かだ。
きっと志望校や所信表明をすることには違いないだろう。

だが俺には不安があった。

俺が理三志望ということをみんな受け入れてくれるだろうか。
体良く受け入れはするが、きっと心中に思う事はあるだろう。

『なんであなたがあの理科三類に!?』

そう思うと気が気でなかった。
いっそ休んで逃げてしまおうか、などと考えてみるが、気がつくと『学習塾 マウンテン』に赴いている俺がいた。

『お腹いっぱいだよお。』
と悲鳴をあげる小さな教室に十数人ほどの浪人生が鎮座していた。

ホワイトボードの前に立つよっちゃん先生が満足気に我々を見渡しながらこう言った。

「はい!えー、では、軽い自己紹介と、志望校と、これから一年の抱負を一人一人言ってもらおうと思います!」

やっぱりきた。
恐れていた事が起きた瞬間だった。

続けてよっちゃん先生が口を開いた。

「その前に、一つ言っておきたい事があります。」

なんだろう。

『Fuck you、ゴミめら。野茂はウスノロ〜』

とでも言うつもりか。

「えー、皆さんの中に、自分に相応しいであろう第一志望を持つ人は一人もいません!」
『えっ。』

全員が全員、意表をつかれた。

それ先生が言っちゃうんだ。

「はい!じゃあ一番前の〜〜君からいってみようか!」

マジか。
それを言うだけ言ってなんなんだよ。
酷すぎるだろ。
浪人憲法に違反してるぞ。
利根川先生もビックリだよ。

そして、渋々椅子を引いて立った最初の犠牲者が話し始めた。

「え、えーっと、〜〜って言います。志望校は慶応大学です。この一年は〜〜」

順に、また一人、また一人、と犠牲者が増えていく。

軒を連ねてみな、志望校が高い。
旧帝大、早慶、それ未満が一人もいなかった。

「じゃあ最後に、一番後ろに座ってる相田くんおねがいね。」

最後に傷を負うことになった。
しかも恐らく一番デカい傷、であろう。

だが最大の犠牲者が俺でよかった。
お前らみんな救われたな。

主人公気取りで俺は語り出した。

「えー、相田登と申します。志望校は東京大学理科三類です。」

最初の先生の一言のおかげか、怖気づく事なく、心配していたよりスムーズに言葉が出てきた。

「今の成績からは考えられないような志望校ですが、その病めるときも健やかなるときも、その幸せなときも困難なときも、合否が俺を分かつまで、今日より如何なるときも、不断の努力に邁進することをここに誓います。」


最高の大トリだったね。
そう言って先生は次の言葉でこの会を締めくくった。

「えー、ではみなさん、今の自分の言葉に恥じないような一年間を送ってください!」

俺は自分に誓いを立てるのに夢中で、人の話を聞いてる余裕などなかった。
それはきっと他の浪人生もそうであろう。

この会は、人に目標を宣言することで自らを奮い立たせようとするようなチャチなものでは決してなかった。

みなの各々の中にいる、
『己』に対する決起会だったのである。