東大…理三…?

「おはようございまーす」
「おっ、早速来たね。よしよし」

 

俺は『学習塾 マウンテン』に通うことを決めたのだった。

 

ここは、元々は英語塾だったらしい。
なるほど、それでマウンテンか…。
いや、何がそれでか分からないが。

学生の要望に応えて、数学、その他科目も教えることになったとのことだった。

 

「それじゃあ早速、一緒に勉強計画を立てようか」
「はい。お願いします」
「それで…志望校は理三で本当にいいの?」
「はい。頑張ります」
「そうこなくっちゃね!」

 

俺は東大理三志望になった。
あの日、つよし先生に出会うことができて本当に良かったと、そう思える。
こんなに前向きになれたことが、今までの人生であっただろうか。

 


「ほんじゃあ、東大理三目指そうか」
「えっ?」
「じゃから理三じゃよ理三。東京大学理科三類じゃよ」

 

最初は悪い冗談を言っているようにしか思えなかった。


俺を何か試しているのか?
俺を何かと勘違いしてないか?


横で見ていたよっちゃん先生も相変わらず静観している。

 

「……テレビクルーが来るの遅いですね」
「こんなタチの悪いドッキリ番組無いわい」

「……僕、今年のセンター試験、8割も取れてませんよ?」
「関係無いわい」

「……僕、帰国子女ではないですよ?」
「関係無いわい」

「……僕、数学オリンピックに出たことないですよ?」
「関係無いわい」

 

なんだか言い訳ばかりしているようで、こちらの分が悪くなってきた。
突拍子も無いことを言ってきたのは向こうの方なのに。
これが年の功の差か…。

 

俺が何も言えずにいると、すかさずつよし先生が語りかけてきた。

 

「おぬしが理三は無理だというならば、その理由を言うてみい」

 

それを口に出したら……

戦争だろうがっ……!!

 

『僕の成績じゃ無理ですよ』

これは俺が俺自身の可能性を否定してしまうことになる。そうはなりたくない。恐らく多くの受験生が口にする言葉だが、自分の可能性を一番信じているのは自分でありたい。却下だ。

 

『みんな無理だって言いますよ』

これは受動的な理由に過ぎず鼻で笑われてしまうであろう。幼稚で浅はかな理由だ。

 

『理三は宇宙人だから』

などと言ってネタ的に消化してみようか。
いや、この先生は俺と本気で向かい合おうとしてくれているんだ。
ネタで終わらせるにはあまりにももったいない。

 

絞り出した答えは

「自己評価が足りません」

これが精一杯の返答だった。

「ほう、じゃから理三は無理だと言うのかね?」
「はい…。僕には届かない頂だと思います。なんて言ったって、日本で一番頭の良い人たちが集まるところですから」

 

そう答えるとつよし先生は

 

「日本では一番じゃが世界で一番というわけではないんじゃよ」

まあその通りだが…。

「たかが日本の一番に、おぬしは尻込みしておるのかの?」
「さ…されど日本の一番ですよ」
「一番を目指したくないのかの?」
「目指せるもんなら…そりゃ…目指したいですよ。でも…」

 

俺はこの時、気づいてしまった。
自らが自主的に萎縮して挑戦せずに諦めようとするこの思考形態は、俺が一番嫌っていた、無意識に妥協点をつくり、落ち着くところに落ち着こうとしていることそのものなのではないかと。

 

「最初から諦めることほど寂しいものはないんじゃよ。人の可能性は無限大なんじゃ。過去を変えることはできんでも、未来なら心掛け次第で如何様でも変えることができる。よく勘違いしておる者もおる。自分にできないことは他人にもできんと人の可能性を裁く輩がの。わしはそうは思わん。それじゃ救われんじゃないか」

 

そう言って、押し黙る俺をなだめるようこう続けた。

 

「すまぬ。説教クサくなってしまったの。歳はとりたくないもんじゃ」

 

後はお若いお二人で。

そう言い残し、つよし先生はその腰を上げて立ち去ろうとした。

 

「ちょっと待ってください!」

 

俺は叫んだ。


「理三を目指します」


そう言うと、つよし先生は目尻にシワを寄せ口角を上げた。

 

「これだから若者は大好きじゃ。」

 

そして俺はこう言った。

 

「僕はロリコンです。」